2018年01月31日
そりゃ~ないぜ、Amigo!
写真の右に写っている子の名はAnherica。ケラケラと、とにかくよく笑う。目がくりっとした美人顔。Guadaraharaでしばらくお世話になっていたPencionの子。先に登場したもらったGaburieruの姪っ子だ。
Pencionの女将さんにお世話になっているお返しにと、Anhericaに得意のサーカス技でブランコしてあげると、ケラケラとよく笑う。「otra ves(オトラ べス)=もう一度」という言葉を、舌足らずのせいで「おたべ」としかしゃべれないのが、またなんともかわいらしい。とはいえ、来る日も来る日も、こっちの部屋に勝手に侵入して来ては「おたべ、おたべ」の連発。さすがに腰が痛くなってしまった。頼りのGaburieruは、子守しなくていいので、いつもヤジを飛ばしてけしかけるばかり。そりゃ~ないぜ、Amigo!
あの子はいま、どこで、どうしているのやら?!
2017年05月23日
(続)二十歳の旅日記
Guadaraharaに滞在していた当時、いっしょによく飲み歩いたGaburieru。
お世話になっていたPencionの家人で、歳も近いこともあってすぐに意気投合。東洋からの訪問者に興味を持っていろいろ質問してくれるのだが、こっちが話半分がやっとの会話力で、あ~残念!
Zocaroの酒場へ案内してくれて、マリアッチの生演奏を楽しませてくれた。今も姪っ子のAnhericaに、手を焼いているのかなあ!
2017年01月05日
(続)二十歳の旅日記
Oaxaca de Juarez Pencionにて。
人口の約4割が先住民族だという山岳地帯の古都・Oaxaca。
トタンをはっただけの部屋。日が暮れると、冷える、冷える。
Pencionの娘は、たびたび部屋に遊びに来る。呼び戻す母親の声が、だんだん大きくなってくる。
2016年02月08日
SATHER GATE
夏の休暇中にしては人が多い。日本人の学生も多いが、それ以上にすごい外国人の学生たちの数。サマースクール花盛りといったところか。とてもにぎやかだ。
日本の大学のキャンパスと違い、さすがに広々としている。歩き疲れそうだ。自転車の連中もいる。通常の大学の授業が行われる時期は、ここはどんなだろうか? 今よりもっとにぎやか? もしかするとその逆かも?
さっきJapaneseの女学生だと思って話しかけたら、Chineseだった。ビックリ。それにしてとてもカワイイ。きっと香港からではないだろうか!
日本人学生はすぐわかる。いつも3~4人が連れ立って歩いているし、東洋人はそもそもどこにいても良く目立つ。Chineseは英語を話せる人が多いのか、白人らと話しているシーンをよく目にする。
Barkley Landmark “SATHER GATE”前にて ———————————————– 二十歳の旅日記より
2015年05月08日
Nueva Yorkの自室にて
予想通りの物価高。当初Hotelは10軒以上回ったが、どこも1泊$8~9。Manhattan地区はやはり高い。ここも1泊$8.75。でもWeekly Rateだと$36.75。もうここに滞在して、だいぶ立つ。
毎日外食ばかりしていると、いくらお金があっても足りそうにない。スーパーマーケットがない所なので、食料品を扱う小売店をやっと見つけて買い込んできては、ここで食べている。
この地区には黒人が多い。5番街からはちょっと離れた8番街はどちらかというと下町に近い方なので、黒人が多いのか。フラフラして時を過ごしている連中が多い。やはりヤツらには、特に気を抜けない。
このRoomの窓の外は中庭になっているが、上の階からのゴミでいっぱいだ。時々、空きビンが落ちてきて砕ける時がある。ひどいマナーだ。
ラテン人がNYには多いのにびっくり。毎日スペイン語を耳にする。ここのヤツらも、実に大声で話をする。深夜でもわめいているヤツがいる。それにしても、昨晩の停電の時は、ひどかった…!
Nueva York —————————————————————————- 二十歳の旅日記より
2014年12月29日
DALLAS
夜中の12時前だというのに夜行バスを待つ大勢の人。大半が黒人だ。俺の後ろでワイワイ騒いでいるのは、黒人のおばさんたち。例の3分間4枚の写真($0.50)をみんな撮っているのだが、その出来を見て笑っているようだ。
まだこちらの世界に慣れていないためか、何かしら不気味な気配を感じる。あちらでいつもやっていたように外を歩き回ろうとしたら、黒人らの目つきが「今にも襲い掛かろうか」というように感じられて、時間も時間だし少し歩いて止めにしてしまった。
ここでは黒人以外の人々は小さくなっているみたいだ。同じバスで来たMexcano2人も、待合所の隅っこで小さくなっているように思える。黒人らが「わがもの顔」で立ち回っている。Losでも思ったが、黒人らの目つきには本当に心を許せるものがない。油断大敵だ。Mexcoは“盗人の国”というが、ここの方が気を許せない感じ。ここは“強盗の国”?! 俺の考えすぎかな。
AM1:45発、St.Louis行のバスを待つ。
DALLASのGrey Hound Terminal ———————————————————- 二十歳の旅日記より
2014年09月10日
GuatemalaのPencion “MEZA”
ベッド数が何十もあろうかという、大きなPencionだ。
長く住み着いている白人も多い。子持ちの夫婦も住んでいる。とにかく3食付きで$2はいい。同じ食事の繰り返しだけど。
俺の部屋は4人部屋。前からいるチリ人と、今は日本人があと2人。きのうはアメリカ人がいた。この部屋は、一人旅の者たちばかり入る。今いる日本人のうち一人には、Mexco Cityで会っている人。もう一人の日本人は、アメリカで2年半働いていて、ここで将来を考えようとやってきた人。二人とも28才だ。
相部屋なのにカギがかからない物騒部屋。ここもアメリカ人ばかりだ。ここに長く居る人々の経歴をたどると、面白そうだ。
Guatemalaにて——————————————————————————- 二十歳の旅日記より
2014年05月02日
MAZATLANの浜辺
すばらしい海辺。遠々と7~8kmはあろうか。
太平洋とカリフォルニア湾の合流点、波高し。
RosalvaというSenoritaと知り合う。なぜPorque、今夜の夜行バスを予約したのだろう、残念だ!!
(高波のため、ずぶぬれ!!)
このビーチに沿ったヤシの並木道を夜散歩すると、最高だ。
夜のなぎさでギターを抱えて一人歌う若者。とてもうまいし、またいい男。まけそ~~!!
MAZATLANにて——————————————————————————— 二十歳の旅日記より
2014年01月06日
TIJUANA 2
国境の白い橋。
行き交うバス、乗用車。
荒涼としてみえる丘。
手前がMexco、向こうがUSA。 Autobus Terminal 横より
TIJUANAにて——————————————————————————- 二十歳の旅日記より
2013年11月22日
TIJUANA 1
待合所のベンチにて。Mexicanoばかり。騒々しい。ベンチにはバスを待つ人、Muchachas son muy bonitas.
タバコを吸うヤツはほとんどいない。スペイン語はガヤガヤとしか聞こえない。
まったく俺を異民族と見ていない。その方がいいけど、ちょっと頭にくる。
すごい美人がいる。日本に来たら、Top Star になるだろう。東洋の美しさとは違う。Mexicanoはみな小柄だが、かっぷくがいい。
アナウンスは、Por favol以外は早口でまったく聞き取れない。ただ、地名と数字を追うのみ。
TIJUANAにて—————————————————————————————- 二十歳の旅日記より